異邦人の救いのルーツ --「聖書」からフィクションで解説します。--

下に書いていることはほんの一部のことですから、もっと知りたい人は是非、教会へ行き牧師さんに尋ねてください。又、聖書を読んでください。

    天地創造主(神)は人類の救いの計画にユダヤ人を選ばれましたが、それは神の子イエス・キリストがおいでになるまででした。 イエス・キリストを通して本格的な世界人類の救いが始まったのです。
    その結果、世界中に神によって救いにあずかる人々が続々と登場されました。 
    神の選民ユダヤ人に救いが来る予定でした。しかし、それは狭き門で、本当の救い主が与えられるためのご計画の一部でした。まず初めに神のストーリーに登場するのがユダヤ人です。 神とはどういうものか、また人間は神の前に道あるべきかを書いたのが旧約聖書でした。
    それは人間の限界を教え、神に近づくようにと教えられましたが、人間は思いのままに歩み神に背いて生きる生活を優先しました。今の世の中をどのようにしたら快適に生きることが出来るかだけを考えて行きました。 あるものは自分が神の如く生きました。 まるで、神のご計画が崩れたように思えました。
     そんな時、神のご計画の見本を私たちに下さいました。 その見本がイエス・キリストなのです。 そのところからお話しをします。
     その昔、ユダヤ人は一つの国民で、その信仰を守り通すために異邦人との結婚を認めていませんでした。 異邦人と結婚するユダヤ人はその民の中から、また子孫の中から消されてしまいました。 彼らは自然消滅するしかありませんでしたが、それでも信仰を辞めないで続ける民族がいました。 その民族がサマリヤ人です。 ユダヤ人から見てサマリヤ人は異邦人です。
     ユダヤ人から捨てられたサマリヤ人は、ユダヤ人の聖都、エルサレムから追い出されましたが、すぐ近くの山に住んで、救い主が来るのずっと待っていました。 その山は、ユダヤ人のルーツ、イスラエル(別名:ヤコブ)のお父さんが、買い取った場所であり、スカルという井戸もありました。 救い主がエルサレムに現れることを知っていましたので、その到来を待ち望んだのです。
    エルサレムから追い出されたサマリヤ人にとってその場所は、唯一誇ることが出来る場所であり、エルサレムを見渡せることがことが出来、救い主を待つには一番適した場所でした。
    サマリヤには、ルーツさんという女性がいました。 ルーツさんは決して美人ではなく、ごく普通の女性でした。 しかし、信仰だけは人一倍強かったのです。 いや強くなければとうの昔に自殺をして死んでいたことでしょう。
    このルーツさんも年頃になり、素敵な男性、スカル村の村長と結婚しました。村長さんと和気あいあいとして暮らしてしまったのですが、子供が与えられる前に亡くなってしまいました。
    今であれば村長の遺産を継ぎ、女村長として立派に生きていけるのですが、その当時は女性の地位は低く、村長の親戚の男性だけが後継ぎです。
    このルーツさん、村長の後継ぎの妻として新しい人生が始まりました。 しかし、この家族には、致命的な病気(糖尿病、ガンなどか?)がありました。 まだ若いのに次々と家族が倒れて亡くなってしまいました。 その度毎にルーツさんの主人が5回入れ替わりましたが、いつも笑顔で素晴らしい接客態度で村の人々に信用されていました。 しかし、6回目の主人は大人ではなく子供でした。 この家族には主人となるべき男の子がこの子しかいなかったのです。 自分の息子となるような年齢の子が自分の主人になるなんて、思っても見ないことでした。(ルツ記では三人の夫が亡くなった)
    そんな時、この事件が起こったのです。
    サマリヤ人女性にとっての仕事の一つは水汲みでした。 空の井戸桶と水がめを持って行き、ロープに井戸桶をしっかりと結び井戸水を汲み出します。 汲み出した水は運びやすいように水がめにうつしてから満タンにして家へ帰ります。 しかし、山の中にある井戸ですから帰り道は大変です。 満タンにした水がめと空の井戸桶を持って帰らなければいけませんでしたから、、、
    空の井戸桶は通りすがりのユダヤ人に飲ませないためでしたので、いつも持って行き来をしていました。 それと最近は井戸の水かさが下がり、出来るだけ水を節約しようという意味もありました。 ルーツさんの住んでいる村はエルサレムとガリラヤという田舎のど真ん中にあった為、時々ユダヤ人が通り過ぎることがあります。 通常、ユダヤ人はこの山にある村(異邦人で汚れた町と考えていたから)を通らないで、少し遠回りすなわち地中海沿いの平地を通って行き来していたようですが、急ぐときはこの道を通ります。
    そんな時、イエスさまはスカルという町を通られましたが、お疲れになり昼になりました。 そこで12人の弟子達は食事を調達する訳ですがサマリヤ人はとユダヤ人は目の仇同士だったので、食事をしようにも売ってはくれません。 仕方なくその町を出て、ユダヤ人に好意的な所から買物をする必要がありました。 買物をするにしてもどこで食べ物を手に入れるかわかりません。 とにかくイエスさまを木陰の多い井戸のそばにおいて置いてグループに分かれて買いに行くことにしました。 
    イエスさまはサマリヤ人が水を汲みに来ている姿を見ました。 そして、その女性が辛い中を通し、神に救いを求めていることに気付きました。 水を汲みに来た女性、ルーツさんは井戸のそばに村民ではない人がいることに気付きました。 姿からしてユダヤ人だということがすぐにわかりました。 無視していたのですが、このユダヤ人、イエスの方から声をかけて来ました。

    イエスさま「私に水を飲ませてくださませんか。」
    ルーツさん「あなたはユダヤ人でしょう。 私はサマリヤ人であなたと関係ありませんので水を差し上げることは出来ません。」と断りました。

    イエスさま「もしあなたが神さまのことを本気で求め、水(人生の重荷)を下さいと求めた人が誰であるかを知っていたなら、あなたから救いを求め、その人からあなたに生ける水を与えたでしょう。」
    ルーツさんは心の中でこう思いました。 (なんとずうずうしい人なんだろう。 私の苦しみを話してどうなるというの? そんな人から水を貰うなんて、それにこのユダヤ人は手ぶら、そんなユダヤ人よりもヤコブの方が偉いに決まっている。) 
    そしてイエスさまに言いました「先生。あなたは井戸水を汲むものはないし、この井戸はとっても深いのです。 あなたの言っている生ける水をどこから手にお入れになるのですか。 あなたは、私たちの先祖ヤコブよりも偉いのでしょうか。 ヤコブは私たちにこの井戸を与え、彼自身も、彼の子たちも家畜も、この井戸から飲んだのですよ。」
    イエスさま「この水を与えたのはヤコブかも知れませんが、この水を飲む者はだれでも、また渇きます。 しかし、わたしが与える水を飲む者はだれでも、決して渇くことがありません。 わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠のいのちへの水がわき出ます。」
    ルーツさんはイエスさまの言った意味が良くわかりませんので、具体的に教えてくれるように頼みました。
    ルーツさん「先生。 私が渇くことがなく、もうここまで汲みに来なくてもよいように、その水を私に下さい。」
    イエスさま「それなら、まず家に帰って、あなたの夫をここに呼んで来なさい。」
    ルーツさん「私には夫はありません。」
    イエスさま「私には夫がないというのは、もっともです。 あなたには夫が五人あったが、今あなたといっしょにいるのは、あなたの夫ではないからです。あなたが言ったことはほんとうです。 」
    ルーツさんはビックリしました。 会ったこともないのになぜこのユダヤ人は私のことをどうして知っているの? もしかしたらこの方は救い主のことを知っているかもしれないから聞いて見ましょう。
    ルーツさん「先生。あなたは預言者だと思います。 私たちの先祖は、この山で礼拝しましたが、ユダヤ人のあなたがたは、礼拝すべき場所はエルサレムだと言われます。」
    イエスさま「わたしの言うことを信じなさい。 あなたがたが父を礼拝するのは、この山でもなく、エルサレムでもない、そういう時が来ます。 救いはユダヤ人から出るのですから、わたしたちは知って礼拝していますが、あなたがた、異邦人は知らないで礼拝しています。 しかし、真の礼拝者たちが霊とまことによって父を礼拝する時が来ます。今がその時です。父はこのような人々を礼拝者として求めておられるからです。神は霊ですから、神を礼拝する者は、霊とまことによって礼拝しなければなりません。」
    ルーツさんはビックリしました。 救い主をいつでもどこでも礼拝することが出来るなんて、何と素晴らしいことなんでしょう。 確かに救い主が来たらそうなるわね。
    ルーツさん「私は、キリストと呼ばれる救い主メシヤが来られることを知っています。その方が来られるときには、いっさいのことを私たちに知らせてくださるでしょう。」
    イエスさま「あなたと話しているこのわたしがそれです。」
    ルーツさんは、またまたビックリしました。 この人は本当に救い主かも知れない。 急いでみんなに知らせなくては、、、
    この時、買物を終えた弟子たちが帰って来て、イエスがサマリヤ人の女と話しておられるのを不思議に思った。 (正統派のユダヤ人と反正統派のサマリヤ人が一緒にしゃべることは汚れた行為だったからです。)
    そういう理由でだれも、「何を求めておられるのですか。」とも、「なぜ彼女と話しておられるのですか。」とも言わなかった。

    ルーツさんは、自分の水がめを置いてサマリヤ人の町へ行き、人々に言った。
    ルーツさん「来て、見てください。私の行なってきたこと全部を私に言い当てた人がいるのです。この方がキリストなのでしょうか。」
    そこで、彼らは町を出て、イエスのほうへやって来た。 

    その頃、弟子たちはイエスに、「先生。お腹が空かれたでしょう。 お食事を召し上がってください。」とお願いした。
    イエスさま「わたしには、あなたがたの知らない食物があります。」
    そこで、弟子たちは互いに言った。「だれか他の食べ物を持って来たのだろうか。」

    イエスさま「わたしを遣わした方のみこころを行ない、そのみわざを成し遂げることが、わたしの食物です。あなたがたは、『刈り入れ時が来るまでに、まだ四か月ある。』と言ってはいませんか。さあ、わたしの言うことを聞きなさい。目を上げて畑を見なさい。色づいて、刈り入れるばかりになっています。 すでに、刈る者は報酬を受け、永遠のいのちに入れられる実を集めています。それは蒔く者と刈る者がともに喜ぶためです。 こういうわけで、『ひとりが種を蒔き、ほかの者が刈り取る。』ということわざは、ほんとうなのです。わたしは、あなたがたに自分で労苦しなかったものを刈り取らせるために、あなたがたを遣わしました。 ほかの人々が労苦して、あなたがたはその労苦の実を得ているのです。」

    そこで、サマリヤ人たちはイエスのところに来たとき、自分たちのところに滞在してくださるように願った。そこでイエスは二日間そこに滞在され、弟子達はバプテスマを信じる人に授けた。そして、さらに多くの人々が、イエスのことばによって信じた。
    そして彼らはその女、ルースに言った。「もう私たちは、あなたが話したことによって信じているのではありません。自分で聞いて、この方がほんとうに世の救い主だと知っているのです。」
    このような素晴らしい出来事が起きたのですが、聖書には詳しく書いていません。 なぜなら、キリスト教はまず初めにユダヤ人に伝えるためでした。 ユダヤ人にとって異邦人であるサマリヤ人は汚れた民で救われるべき存在ではありませんでした。 言うなればオマケであり、資格の無いものでした。 しかし、主はそれを恵みによってお救いになりました。
    その為に詳しく書かれていませんが、異邦人にとっては素晴らしいリバイバルの始めでした。

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